ABOUT
THE EXHIBITION

ジョンとヨーコの言葉・メッセージ、作品だけで満たされる世界初の展覧会となる “DOUBLE FANTASY – John & Yoko” では、この伝説的な二人の私生活や創作において共鳴し合う関係性が初めて彼ら自身の言葉で語られます。展示は時系列に沿って、前衛芸術界を牽引する一人の芸術家ヨーコと、世界的ロック・スタージョン、という二人の天才の誕生から、1966年ロンドン・インディカ・ギャラリーでの運命的出会いを経て、その後互いに影響を与えあったアーティスト活動全般を巡り、現在まで続く “IMAGINE PEACE(イマジン・ピース)”キャンペーンを探訪します。

エキシビションでは、ヨーコ自身のプライベート・コレクションからの貴重な品々を含めた100点以上が展示され、互いへの深く強い愛を、アート、音楽、映像作品を通して表現した、世界で最も創造性豊かな二人のアーティストの出会いを祝福すると共に、あたかも二人の人生を共に歩んでいるかのような親密さにも溢れています。

ジョンとヨーコは、自身の知名度と影響力を駆使して世界中で平和と人権のための斬新なキャンペーンを展開し(ベッド・イン、WAR IS OVER! (if you want it)など)、自分たちの生き方のみでなくアート、音楽、行動主義のあり方を永遠に変えていきました。二人がその愛を通して訴えた平和や人権への本質的・普遍的メッセージは今なお、また今だからこそ人々の心に響きます。

本邦初公開品を含む 東京展独自展示

ジョンとヨーコ、そしてショーンは、1976年にジョンがグリーンカードを獲得したことでアメリカ国外への旅行が叶い、1977~1979年の間、毎年日本を訪れ家族旅行を楽しんでいたことが知られています。東京展独自展示コーナーでは、日本との絆を感じさせる品々を展示します。

EXHIBITION HIGHLIGHTS

序章

ジョンとヨーコの愛の軌跡

9000キロもの離れた距離を持つリバプールと東京で生まれた2人の、出会いから悲しい別れまでを年代順に展示。あたかも2人の人生を一緒に歩んでるような感覚になれるはずだ。

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見つめあうジョンとヨーコのメガネ

会場に入り出迎えてくれるのが、1967年のジョンのワイヤーフレームの丸眼鏡と1970年ヨーコのサングラスが見つめあってる姿。この展示会がイメージするすべてを物語っている。

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Photo by Mark McNulty ©Yoko Ono

幼少期〜出会いまで

ジョンの手描きのノート、イラスト

見つめあうメガネを中心にして、左右にジョンとヨーコが出会う前のコレクションが並ぶ。ジョンのコーナーではソロ作『心の壁、愛の橋』のアートワークでも使用されていた、ジョンが少年時代に描いた水彩画やノート、イラスト満載の手作りの本(「The Daily Howl」)等がある。

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©Yoko Ono

ヨーコのGrapefruit(グレープフルーツ)

ヨーコが1967年にジョンにプレゼントしたアートブック。1964年に出版されたこの本は、コンセプチュアル・アートの代表作であり、「イマジン」の歌詞やアイデアに直接影響を与えた、とジョンも語っている。2017年6月にはジョンの希望通り、「イマジン」の共作者として正式にヨーコの名前がクレジットされた。

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©Yoko Ono

出会い

二人が初めて出会ったインディカ・ギャラリーの再現

ジョンとヨーコが初めて出会ったロンドンの画廊インディカ・ギャラリーの再現。ここからから全てが始まった。

ヨーコの作品「Ceiling Painting(天井の絵)」、 「Painting to Hammer a Nail(釘を打つための絵)」、「Apple(リンゴ)」を展示。

1966年11月7日、ジョンは友人に誘われ、ヨーコの個展「Unfinished Paintings and Objects(未完成の絵画とオブジェ)」を訪れる。当時、前衛芸術に懐疑的だったというジョンだが、今回展示されている「天井の絵」(脚立を登って、虫眼鏡で天井の絵を見る作品)を観、天井に小さく“YES”と肯定的な言葉があったことにほっとし、温かい気持ちになったという。また、「釘を打つための絵」では、オープン前の真っ白なキャンパスに釘を打つには、5シリングが必要というヨーコに、”想像の5シリングを渡すから、想像で釘を打って良いか”と尋ねた、というエピソードも残っている。

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『天井の絵』Photo by Mark McNulty ©Yoko Ono

結婚~平和運動

Bed In(ベッド・イン)

1969年にアムステルダム及びモントリオールで行われた有名な「ベッドイン」からのアイテム、二人のイラストが書かれたギターやプラカード(BED PEACE, HAIR PEACE)

1969年3月20日、ジブラルタルで結婚式を挙げたジョンとヨーコは、その5日後、アムステルダムのホテルで世界平和のためのパフォーマンス、「ベッド・イン」を行う。当時ベトナム戦争などアメリカ・ヨーロッパでの社会不安を背景に、自分たちに注目が集まるこのタイミングでホテルを訪れる記者らの人々に愛とユーモアを持って平和を訴え、それを広めることが目的だった。1969年6月、モントリオールでの2回目のベッド・インでは「平和を我等に(Give Peace A Chance)」/Plastic Ono Bandのレコーディングも行われている。

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Photo by Ivor Sharp ©Yoko Ono

平和運動/パフォーマンス/アート

二人が共作したコンセプト・アート作品:「WAR IS OVER!(if you want it)」,「Plastic Ono Band」や二人の初めての共同作品である「Acorn Peace(平和のどんぐり)」
1968年6月、二人は初めてとなる共同のイベント「平和のどんぐり(Acorn Peace)」を行う。平和の象徴である2粒のドングリを東と西のそれぞれに向けて植え、東洋と西洋の融合と平和を願うイベントであった。同時に各国の指導者にもどんぐりを2粒ずつ送り、平和を願い植えることを働きかけた。
ベトナム戦争の収束がみえない中、1969年12月二人は「WAR IS OVER! (if you want it)」というメッセージを世界12都市の広告ビルボードやポスター、新聞に掲載するキャンペーンを行った。これは71年の「Happy Xmas(War Is Over)」へと繋がっていく。

作品やプライベート・アイテム

「Imagine(イマジン)」などジョンの手書きの歌詞

「Imagine(イマジン)」 「In My Life」、「Give Peace a Chance」、「Power To The People」、「Happy Xmas (War is Over)」、「Woman」など手書きの歌詞。

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Photo by Ivor Sharp ©Yoko Ono

NEW YORK CITY Tシャツ他、アイコニックな服

ボブ・グルーエンのポートレートで着用したあまりにも有名な“NEW YORK CITY”Tシャツの実物や、ミリタリールック、ジブラルタルでの結婚式の衣装など。

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ジョンがヨーコにプレゼントした手鏡

失われた週末(Lost Weekend)と呼ばれる別居時代、ジョンがヨーコのために特注し、1974年2月18日ヨーコの誕生日にプレゼントした手鏡。ヨーコの「女性上位万歳」と「夢をもとう」のレアな日本盤シングルとともに展示されている。

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ジョンが苦労して獲得したグリーン・カード

1971年にアメリカに移住したジョンとヨーコだが、ベトナム戦争下のアメリカは二人の平和運動を疎み、ジョンは2度の国外退去を求められるなど、グリーン・カードの取得にあたって長年に渡りアメリカ政府と闘うことになる。1975年10月7日、ジョンはニューヨーク最高裁で勝訴し(その二日後ショーンが生まれる)、1976年7月27日、遂にジョンはアメリカの永住権を獲得した。これはアメリカVSジョン・レノンの戦いの証ともいえるジョンのグリーン・カードの実物。

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©Yoko Ono

ジョンのギター

1969年の「ベッド・イン」でジョンがイラストを描いたギブソン製のアコースティック・ギター及びアルバム『ダブル・ファンタジー』で使用した非常に珍しいSardonyx製のギター。

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1969年 ベッド・インで使用したギブソンのアコースティック・ギター(※)

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『ダブル・ファンタジー』で使用したSardonyx製ギター(※)

ショーンの抱っこ紐

1975年10月9日、ジョンの誕生日と同じ日にショーンが生まれる。ジョンはショーンの誕生をきっかけに音楽活動を休止し当時としては非常に珍しい“主夫”としてショーンの子育てに専念する。そんなジョンの「主夫」時代のプライベートな素顔が垣間見える微笑ましいアイテムが多数。

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ジョンが使用したショーンの抱っこひも(※)

別れ〜そして、今も続く絆

ヨーコがジョンの血まみれの眼鏡を撮影する姿を捉えた写真

ヨーコの『Season of Glass(シーズン・オブ・グラス)』(1981年)のアートワークや銃規制のキャンペーンでも使われている、ジョンが凶弾に倒れた時にかけていた血まみれとなった眼鏡を自宅で撮影しているヨーコの姿を捉えた写真。(撮影:ボブ・グルーエン)

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(※)

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銃規制ポスター(※)

セントラル・パークのStrawberry Fields(ストロベリー・フィールズ)を再現

1985年10月9日、ニューヨークのセントラル・パーク内に、ジョンを偲ぶ記念エリア「ストロベリー・フィールズ」が“平和の庭(Garden of Peace)”として正式に誕生した。展覧会の最後は、そのストロベリー・フィールズの中心にある「Imagine」の円形モザイク(※)を再現。ゆっくり寛ぎ、ジョンへの思いを馳せることのできる空間。同時にジョンの死が世界に与えた衝撃も物語る。

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「Imagine」の円形モザイク(※)

※ photo:taken at Museum of Liverpool, courtesy of National Museums Liverpool

東京展独自展示

ジョンの日本語練習スケッチ・ブックの原画

ジョンが日本語を理解し学ぶためにローマ字とイラストで日本語の単語や表現を綴った日本語練習帳とも言えるスケッチ・ブックのオリジナル原画。日本初公開となる「KAZOKU(家族)」「SABI(寂び)」「AMAI、SUPPAI、SHOPPAI、KARAI、NIGAI(甘い、酸っぱい、しょっぱい、辛い、苦い)」などを含む、遊び心に溢れたジョンの人柄に触れられる直筆のイラスト。

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“KAZOKU” ©Yoko Ono Lennon

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“SABI” ©Yoko Ono Lennon

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“AMAI, SUPPAI, SHOPPAI, KARAI, NIGAI” ©Yoko Ono Lennon

軽井沢での日々

度々訪れていたという軽井沢での和やかな家族写真(撮影:西丸文也/Nishi F. Saimaru)とその際着用していた洋服等。

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ジョン、ヨーコ、ショーン 1979年 軽井沢にて
Photo by Nishi F. Saimaru ©Nishi F. Saimaru and ©Yoko Ono